母は、子供たちが寝ているのを確かめると、起こさないように気配を殺して着替え始めた。

浩「オッカァ…」
母「ん? 起きてくンな。ヒロスはまだ寝てろ」
浩「どこサ行くだ。まさかオラたちを捨てて?」
母「バカこくでねぇ。オメェたちをなんで捨てるかねぇ」
浩「だって…」
母「あぁ、ちょっくら銀行サ行ってくるだ」
浩「こんな早くに開いてるのケ?
母「あ…あぁ、あるンだべ」
浩「どこサあるだ?」
母「子供は知らンでもえぇっぺよ」
浩「オラも行くど!」
母「ヒロスは付いてこんでもエェんじゃ」

そのやりとりに、清も目を覚ました。

母「ンまぁ、キヨスまで起こしちまって」
清「……」
浩「い〜ンゃ! オラも行く!!」

母「云い出したらきかんなぁ、ヒロスは」
清「……」
浩「キヨス兄ちゃんも行くっぺなぁ」
母「キヨスは出歩くの好きでねぇから、行かンだろ」
清「…オラも行きてぇだ」
母「行っても面白いところじゃねぇゾ」
浩「そんでもエェだ。オラ、オッカァと一緒に居てぇンだ」
清「…ンだ」
母「オメェたち、オッカァを泣かせンでねぇど」

母子は仕度を整えると、まだ暗い街へ出ていった。

浩「オッカァ、お店はどっこも開いてねぇど」
母「…」
清「……」
母「………」
清「…………」
浩「オッカァ! キヨス兄ちゃんと“点”で会話するのは止めてけろ!!」
母「アハハ、すまんすまん」
清「うん」
母「あ?」
清「うん?」
母「あぁ」
清「う〜ん」
浩「阿吽の呼吸と云いたいのケ?」
母「分かっちまっただなぁ」
浩「キヨス兄ちゃんも、いつからそんなボケを覚えよる」
清「う、うぅん」

家族はやがて繁華街へ出た。


浩「オッカァ、どこもギンギラしてるだっぺ」
母「あぁ、おったまげたなゃ」
清「……」
浩「銀行は開いてっケ?」
母「まだみてぇだなぁ」
清「一服すんべぇ」
母「キヨス! な〜ンだぁ、そのオトッツァンみてな口の利きかたはぁ」
浩「そうだよぉ、キヨス兄ちゃん。オラたちまだタバコ吸えねっぺヨ」
母「キヨスの云うのはお茶でもすンべぇ、ってことだナ」
清「ンだ」
母「しっかたなかんべぇ、喫茶店ちゅうもんに入るべぇ」
浩「何処がえぇだっぺ?」
清「……」
母「あそこケ」
浩「コ、コ、コ…??」
母「何だ、鶏みてぇに」
浩「コー、コー…」
母「ヒロスは、まンだあれっくらいの漢字が読めンのケ?」
清「カタカナだ…」
母「あ? あぁカタカナだ」
母「コ、コー、コーヅー」
清「コージーや」
母「そ、ンだ。コージー! コージーコーメーだ」
清「コージーコーナーだ」
母「ンだ」

(糀谷-18.05.23)

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