何だか怪しい雲行きになってきました。
「座長、お客はんが迷惑しておます」
「そやなぁ…」
座長さんも困り顔です。
『グルグルル……』
お腹の虫を鳴らしたのはヰ蔵さんです。
「(はは〜ん…ヰ蔵はん、腹空かしとるんやわ)」
座長さんは、隣りの若い芸人さんに耳打ちをしました。
「な、なんでぃ、なんでぃ!
野郎同士で内緒話なんかしやがって!
けったくそ悪いったらねぇぜ!!」
「いぇいぇ、さ、ヰ蔵はん、話は奥でしはりませんか?」
ヰ蔵さんを半ば強引に楽屋へ押しやる座長です。
「オ、オイラは強請りじゃぁねぇぞ!
そ、そんな追っ払いかたってあるかぃ!
オイラは芸を…」
ヰ蔵さん、若手芸人数人に脇を抱えられ、楽屋へ押しやられました。
◆ ◆ ◆
「ささ、食べとくなはれ」
「何でぃ、この黄色い団子は?」
目の前にあるのは茶巾寿司でした。
「寿司でおま」
「寿司? こ、コイツがかぁ?」
「上方の寿司ちゅうもんは、こないなもんどす」
「寿司ってぇのは、おめぇ…なんだよ…」
『グルグルルルル………』
江戸っ子と云えども、空腹には抗えません。
「しょうがねぇ、喰ってやらぁ。
下地はねぇのか? えぇ? 下地は?」
「下地?
あぁ、お醤油でんな。
上方ではあんまり使わンのどすがなぁ…。
江戸の方は何でもお醤油使いまんねんな」
『パンパン!』
賭ヱ門さんは手を叩いた。
「お〜ぃ!」
「い、いゃ、結構でぃ。
郷に入っては“郷ひろみ”」
「はぁ?」
「いゃ、何でもねぇ。
そのまんまで喰ってやらぁ」
ヰ蔵さん、猛烈な勢いで茶巾寿司を頬張り始めました。
『ブツッ!』
「ウッ…何かが口ン中で刺さりやがったぜ。
こ、こりゃぁいったい…」
ヰ蔵さんはこわごわ異物を口から出しました。
「イチッ、イヂヂヂッ…楊枝か…」
「そやそや、云い忘れとった。
茶巾寿司は口のところをソイツで留めてまんねん」
「けっ! 知ってらぁ、そんなこたぁ」
ヰ蔵さんは悔しくて、今口から出した楊枝を銜えると、バリバリと音を立てて食べてしまいました。
<続>
(いちじょうじ-16.2.2)
茶山
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修学院