その様を見て驚いたのは賭ヱ門さんです。

「そ、そなぃ無茶しよると…喉に刺さりまんがな」
「(クチャクチャ…)」
「ちょ、ちょっと、ヰ蔵はん、大丈夫だっか?」

本人は平気の平左で口をモゴモゴやっています。
そしてヰ蔵さん、賭ヱ門さんの肩をポンポンポンと三回叩きました。

「な、なんだっか?」

壁を指差しています。

「ほ、ほぉ、壁がどないしましたかぃな」

ヰ蔵さん、賭ヱ門さんの頭をかかえ、見つめた方向から少しばかり左に向きを変えさせました。

「あ、あれはワテの次の公演の看板やが…」
「ブッ!」

その直後、やおら壁に向かって口から何か飛ばしました。

「あ、あわわ…」

賭ヱ門さんが驚いたのは無理もない。
ヰ蔵さんの口から飛び出した楊枝が、プツッと看板に刺さったのです。
それも眉間に。
よく見ると、一匹のナメクジが楊枝にからみついていました。
看板はキラキラと光った筋がついていますから、きっと絵の上を這っていたのでしょう。
事態がようやく飲み込めた楽屋の連中はもう、ヤンヤの喝采です。
拍手や指笛が響きわたります。

『ブラ〜ボ〜!』
『ヒュ〜ヒュ〜〜〜!!』
『もう一回見せとくんなはれ〜』
『アンコールやわぁ!』

「それほどの芸でもねぇサ!」

ヰ蔵さん、その反響にいささか照れております。

「お前さん、さっきの楊枝、食べてしもうたんやなかったんか?」
「馬鹿野郎! カブト虫じゃあるめぇし」
「顎モゴモゴさせとったでぇ?」
「楊枝が風を切りやすいように湿していたのよ」

楽屋はまだざわめいています。

『あれだけ凄い芸を見せてもまったく変わらない、あのニヒルな姿が堪らな〜ぃ』
『ヒュ〜! カックいぃ〜ん、もぅいっかぁ〜ぃ!!』

「ちょっと待った! オイラは『カッコいぃ』なんて上方の言葉で云われたかぁねえや」

一瞬、静まり返ります。

「ほ、ほな何て云いまんねん?」
「江戸じゃぁなぁ『様子がいぃ』ってんだ」

<続>

(しゅうがくいん-16.3.16)

一乗寺
宝ヶ池

☆高座で江戸弁を教えてくれていた亡き文治師匠に捧ぐ♪