「抜き足差し足忍び足」

今どきそんな言葉を口にして他人宅に忍び込む泥棒はいません。
ところがそんな古典的な台詞を口にしながら、夜陰にじょうじてマキコちゃんの豪邸がある敷地に潜入した男がいます。
それは、誰あろうムネヲちゃんです。

「あっ!」

ムネヲちゃん、植木を植えるために掘られた穴に、足を取られました。

「ぬ、抜けないでチュ。足が抜けないでチュ。抜き足ができないでチュ…」
「チュー、チューって、ねずみっ?」

マキコ邸の北東隅にある窓が開きました。
頭にタオルを、インド人のターバンよろしく巻いたマキコちゃんが顔を出しました。
顔や剥き出しの肩から、湯気が立ち上っています。
どうやら入浴チューだったようです。

「はっ! ミーンミーン。マキコちゃんのセミヌードっ!!」

窓がピシャリと閉まりました。
ムネヲちゃんは、鼻を押さえました。
指の間から、鮮血が染み出てきています。
鼻血ブー状態のムネヲちゃんです。

「ぐふふ。どうやら見つからなかったでチュ。もう、堪らないでチュー」

人間万事塞翁が馬。
思わぬところから、マキコ邸の風呂場の位置が分かりました。
彼の狙いは、そう、この一点にあったのです。
匍匐前進で、先ほど一瞬だけ開いた窓へと急ぎます。
ムネヲちゃんは、嬉しくって笑いと鼻血が止まりません。

「ここだここだ」

窓の下にやってきたムネヲちゃんは、アライグマのような躰躯を少しずつ伸ばしました。

もう少し…悲しいかな、身長が足りません。
忍び込むには都合がいぃが、本来の目的達成のためにはアダとなってしまいました。

と、その時に、ムネヲちゃんの視線がグッと高く上がりました。
いつの間にか、誰かが肩車をしてくれたのです。

「嬉チぃな。ボクの背が伸びたゾ」

そんなことはまったく気にかけないムネヲちゃんです。
彼は湯気で朧にしか見えない湯船に浸かったマキコちゃんに向けて、全視神経を集中しました。

「いちぃにぃ、さんしぃー」――

60を数え終わったマキコちゃんが、立ち上がりました。

「ガーンッ!」

後頭部を殴られるような衝撃が、脳髄を走りました。
ムネヲちゃんは、見てしまったのです。

「マ、マキコちゃん……チンコがねぇ」
「クックック」

ぼんやりしたムネヲちゃんの足元から、ナヲキくんの鳩のような忍び笑いが地を這って広がるのでした。

(新小金井-24.04.24)

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