「ボクにいったい何が溜まってると云うんだ。それにだいいち、いったい君は何者だ!」

ただでさえ口数の少ないナヲキくんを、執拗に攻めます。
ムネヲちゃんに睨まれたら、誰も逃れられません。
粘着剤を塗布した害獣・害虫捕獲器に捕らわれてしまったようなものです。
常人には逃れることなど、とてもできません。

「クックック」

なのに、相変わらず淳子笑いを繰り返すナヲキくんです。
どうやら彼には、ムネヲちゃんの粘着成分はまったく効きません。
とらえどころがないようです。

「ハナヂ、ハナヂ、オヤヂ、ハナヂ。クックック」

ナヲキくんは独りで喜んでいます。
ムネヲちゃんにとっては、何が面白いのだか、さっぱり分かりません。
でもそこがナヲキくんの作戦でした。
はぐらかされているうちにナヲキくんは、少しずつマキコ邸の風呂場の窓下へと移動しているのでした。
いぇ、それに合わせるかのようにムネヲちゃんの立ち位置までも、ジリッジリッと変わらされてきています。
悲しいことに、彼自身はそのことに気づいていないのです。

ナヲキくんは、風呂場の窓の下でピタリと動きを止めました。
対して、窓に向かい合ったのはムネヲちゃんです。
彼の姿が、窓からの光を体前面に受けて夜のマキコ邸の庭にくっきりと浮かび上がりました。
その刹那、でした。
ナヲキくんは、窓をノックすると急いで全開にしたのです。
マキコちゃんも無用心と云えなくもありません。
鍵をかけていないのですから。
いぇ、彼女はきっと、先ほど怪しい者の気配を感じて窓を開けた後に、閉め忘れたのでしょう。
マキコちゃんはいきなり開け放たれた窓へ、眼を向けました。
真正面に確認したのは、眼を見開いたムネヲちゃんでした。

「キャーッ!」

マキコちゃんは、手に持っていた桶に浴槽の湯を慌てて汲むと、ムネヲちゃん目掛けて浴びせました。
1対9のバランスの上に成り立っていたムネヲちゃんの頭髪の分け目は消滅しました。
そのまだら髪は顔にへばりつき、さながら落ち武者のごとくです。
ナヲキくんの存在に、彼女はまったく気づきません。
窓の下にはりついたナヲキくんは、みじめなムネヲちゃんに勝ち誇った顔をしています。

「コレデむねをノ信頼トダエタ」

(白糸台-24.05.08)

  多磨
  
  
 競艇場前